2013年05月30日

遠くまで行け。そして深く考えよ。A

アジア諸国を息子と旅していると、その国々や地域によって日本人を見る目が微妙に違っていることに気付く。
僕らが何度も訪れたインドネシアは、親日的な国民性として日本ではよく知られている。
しかし一般的インドネシア人を見ていると、明確な理由があって日本が好きなわけではなく、インドネシア経済を牛耳っている中華系のガツガツさがあまり好きではないので、自分たちと似た”おっとり”系の日本人が好きなだけのように見えなくもない。
それくらいジャワやバリの人たち(特に男性)は、本当にノンビリしていて温厚だ。
僕のような人間にとっては、まことに居心地がいい。

さて、インドネシアが第2次大戦後に独立を果たした背景には、日本が大きく関わっている。
正確には、元日本人たちが。
それまでオランダの植民地だったインドネシアに日本軍は駐留していた。
ここでは特に大きな戦闘もなく、軍属や日本から送り込まれてきた商社マンを使って物資(主に鉄)を調達して日本へ輸送することが主な役割。
それから、インドネシアの若者たちへの軍事訓練。
イギリス・フランス・オランダなどの列強国がアジア戦線において、所有する植民地の人々を兵士として前線で”使い捨てて”いたことを真似ようとしたのだろう。
だが、インドネシア駐留日本軍にとって予想外の日本の全面降伏。
戦争が終わって皆喜んで日本に帰るのかと思いきや、日本軍全部隊でなんと2万人以上の日本兵は日本に帰還しなかった。
中でもインドネシアでは多くの日本兵が現地に残ることになる。
その理由はさまざま。
実戦に飢えていた者、死んで来ると言った手前帰るに帰れない者、そもそも日本に居場所が無い者、上官に騙された者、こちらで女ができた者...
そして彼ら元日本兵(その数2000人以上)は再び侵攻して来たイギリス・オランダ軍と戦うこととなった。
インドネシア兵として。
日本軍が残していった武器弾薬がインドネシア独立軍の主力武器だ。
そうして1949年にインドネシアは独立を果たす。
日本との国交も樹立され再び日本へ帰ることも出来たのだが、多くの人たちは現地に残った。
そして再びやって来たのが、日本の商社。
現地での元日本兵たちのネットワークを活用し、インドネシアと日本の貿易を拡大。
彼ら元脱走兵たちが日本の復興と高度経済成長を支える影のキープレーヤーだったことを知って、僕はとても驚いた。
こんなこともインドネシアの親日心情の下地になっているのかもしれない。

深く考えずに、遠くまで来てしまった日本軍。
そして、現地に残り深く考えた元日本兵たち。
彼らに歴史のスポットライトが当たることはこれからも無いだろう。
でも僕は彼の地で彼らを想う。


さて、来る6月2日はMamaBA GLOBALのイベントです。
僕も講師として参加しますので、興味ある方はぜひ!
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僕が大学時代サークルでお世話になった先輩青沼陽一郎氏の著書です。
これを読んでアジアを旅するのと読まずにするのでは、見える景色や人の顔が全く違ったものになることでしょう。
しかし、1円で売るなんて!
中身読んでないだろ!







posted by 岡昌之 at 00:33| Comment(0) | 父子旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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