2014年02月21日

子供の安楽死について

世界初の法律が、ベルギーにて間もなく施行される。

それは、「子供の安楽死」を認めるもの。
 
(NewsWeek日本版の記事はこちら)http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2014/02/post-3184.php 

 ベルギーはご存知の通り「安楽死」先進国。現在、年間で1400人もの人が安楽死を選ぶ。ベルギーの人口は1100万人だから、日本でいうと年間1万4000人もの人が安楽死で亡くなっている感じだ。これはとても大きい数字と言える。隣のオランダでは12歳以上の子供に安楽死が認められているが、今回のベルギーの法律では、赤ん坊を含む全ての子供が対象となる。これには、安楽死先進国のベルギーとはいえ、法案の可決後も論議が止むことがないようだ。

 さて、幼い子供をもつ身として、この問題は何とも言えない複雑な思いになってしまう。確かに、もしも我が子が不治の難病に苦しんでいたら・・・と考えると、とても他人事とは思えない。いつか治療法が見つかるかもしれない、と言われても、今目の前で苦しむ我が子の姿を見たら、そんな不確実で過酷な日々を過ごすことができるだろうか・・・ そんなことを考えていたら、ふと、10年前に経験した”母の死”を思い出した。

 ある日、新潟に住む母が突然倒れ、末期がんで余命三か月だと言い渡された。当時僕は新宿でバーテンダーとして働いており、週に一度は早朝まで店を営業した後に新幹線に飛び乗って新潟まで行き、母の病室で一日を過ごし、翌日の夕方までに東京に戻るということを続けていた。残り少ない母との日々を共に過ごすために・・・ いよいよ容体も悪化してきたある夜のこと、母は苦しそうに僕にこう叫んだ。

「ああ、殺してくれ!このチューブを外して、もうお願いだから殺してくれ!」

 僕と母以外誰もいない部屋。僕が母の願いを聞けば、母は楽になれる。母はそれを望んでいた。そして僕も、どこかでそれを望んでいた。なぜなら目の前にいる母は、もはや抗がん剤やモルヒネ漬けで、かつての母とはまったく外見も内面も変わり果てていたからだ。薬で体は水死体のように膨れ上がり、意識がある内の半分くらいは幻想を見ていたり、言動が幼少期に戻っていた。
 母の意識が遠のき、再び静まり返った病室で、僕は葛藤していた。生命維持装置を外すことは母のためになるのだろうか・・・ これは僕にとってどういう意味をもつことなのか・・・ 正直、僕は怖くなった。結論など出せるわけもなく、ただひたすら怖くなった。母は殺せと言う。医師ももうすぐ死ぬだろうと言う。でも、誰も”死なせてあげよう”とは言わない。僕が母の願いを聞き、母の最期の道筋を作ってあげることは、許されることなのだろうか?
 そのニ週間後、母は息を引き取った。あの夜が母と最後に言葉を交わした日となり、そのあと僕はただそばにいてあげることくらいしかできず、母の死に対しては、悲しさよりも虚しさや無力感だけが僕の中にあった。


 さて、子供の安楽死。僕には正直わからない。年齢に関係なく、全ての人に対する基本的人権だということは、理論的には理解できる。でも、やっぱり当事者になってみないとわからない。ただ、そういう権利が認められていて、制度として準備されているということは、ありがたいことかもしれない。でも、その選択肢があったとしても、心の葛藤は消えることはないだろうけど。



 
 
タグ:安楽死
posted by 岡昌之 at 19:01| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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